阿波和三盆(あわわさんぼん)は、徳島県で作られる和三盆糖と、それを使った干菓子のことです。和三盆糖は、竹糖(ちくとう)と呼ばれる細いサトウキビの在来品種を原料に、昔ながらの手作業で精製する砂糖です。サトウキビの搾り汁を煮詰めて冷やし固めた「白下糖(しろしたとう)」を作ります。これに少しずつ水を加えて手で練る「研ぎ」と、重しをかけて糖蜜を抜く工程を、何度も繰り返して仕上げます。粒子がきめ細かく、口に入れるとすっと溶け、やわらかな甘さがあります。和三盆は香川県でも「讃岐和三盆」として作られ、両県の特産品となっています。徳島県では板野郡上板町(かみいたちょう)などに製糖所があります。江戸時代から高級な和菓子の材料として重宝され、今も和三盆糖だけで作る落雁などの干菓子が、徳島の土産として親しまれています。
発祥
阿波の和三盆づくりは、板野郡引野村の山伏、玉泉(のちの丸山徳弥)に始まると伝えられます。玉泉は遍路からサトウキビのことを聞き、1776年(安永5年)に日向国(現在の宮崎県)の延岡へ渡り、竹の杖に苗を隠して持ち帰ったとされます。その後も延岡で製糖を学び、1798年(寛政10年)ごろに三盆糖を作ったといわれます。ただし、はっきりした記録は残っていません。
歴史
徳島藩はサトウキビの栽培を奨励し、阿波の砂糖づくりは天保年間から文久年間にかけての約30年間に最盛期を迎えたとされます。研究では、現在とほぼ同じ製法が1801年(享和元年)ごろには確立していたことが、史料をもとに論じられています。第二次世界大戦後は安価な精製糖が出回り、生産は大きく落ち込みました。それでも上板町などの製糖所が、手作業の製法を守り続けています。
特徴
原料の竹糖は、糖度が上がる12月から2月上旬ごろに収穫し、新鮮なうちに搾って煮詰めます。冷やし固めた白下糖に少量の水を加えて手で練り、麻布に包んで「押し舟(おしふね)」という道具で重しをかけ、黒い糖蜜を抜きます。この作業を繰り返すほど白くなるとされ、その後1週間ほど乾燥させて仕上げます。手作業で糖蜜を抜くため、サトウキビの風味が残ります。
主な食材
食文化
和三盆糖は、上品な甘さとなめらかな口どけから、江戸時代より高級な和菓子の材料として使われてきました。和三盆糖を型に押して固めた干菓子は、かまずに口の中で溶かすようにして味わいます。お茶うけや、徳島の土産物としても親しまれています。
有名店
岡田製糖所
徳島県板野郡上板町泉谷字原中筋12-1
阿讃山脈のふもと、徳島と香川の県境近くにある製糖所です。地元で育てた竹糖を冬に収穫し、昔ながらの手作業で阿波和三盆糖を作っています。白下糖を手で研ぎ、夜は重しをかけて糖蜜を抜く作業を、1日1回ずつ5日間かけて行うと紹介されています。和三盆糖だけで作る落雁などの干菓子も手がけています。
服部製糖所 直営店 わんさんぼん
徳島県阿波市吉野町西条字東姥御前271-2
阿波市にある服部製糖所の直営店です。製糖所では竹糖の栽培から製糖までを手作業で行い、店では自家製の和三盆糖を販売しています。和三盆糖を使った干菓子づくりの体験もでき、2019年の紹介記事では所要約1時間、2,000円とされています。
| 和三盆糖詰め合わせ(岡田製糖所) | 岡田製糖所の和三盆糖と、和三盆糖だけで作った干菓子などを詰め合わせた品である。粉の和三盆糖、干菓子、霰糖(あられとう)を3袋ずつ組み合わせた9袋入りなどがあり、上板町のふるさと納税の返礼品にも選ばれている。 |
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よくある質問
Q. 和三盆の「三盆」とは何のことですか?
A. 砂糖を盆の上で研ぐ工程に由来する名前とされます。かつては盆の上で3回ほど研いだことから、「三盆」と呼ばれるようになったといわれます。ただし、今の製糖所では研ぎと糖蜜抜きを5回以上繰り返すこともあり、回数は3回に限りません。
Q. 阿波和三盆と讃岐和三盆は何が違いますか?
A. どちらも白下糖を研ぎ、糖蜜を抜く作業を繰り返して作る点は共通しています。工程の回数や方法の違いで糖蜜の抜け具合が変わり、白さや風味に差が出るとされます。歴史的には、阿波の和三盆が商品として全国に流通したのに対し、讃岐の和三盆は主に高松藩へ納められていました。