若田石硯

Wakata-ishi Suzuri (Wakata Stone Inkstones of Tsushima)

若田石硯 1

画像: Wikimedia Commons

若田石硯(わかたいしすずり)は、長崎県対馬市で作られている硯です。厳原町(いづはらまち)若田地区の佐須川上流で採れる頁岩(けつがん:板状に割れる泥岩)を使います。青みがかった漆黒の石で、表面の斑紋や筋模様を生かし、彫刻を控えた自然な作りのものが多いとされます。墨をする面の滑らかさと硬さのバランスがよく、墨のおりや墨の色に優れると評価されています。平安時代の紫式部が『源氏物語』を書く際に愛用したという伝承があります。江戸時代初期の儒学者・林羅山が、中国の端渓硯に匹敵すると評したとも伝わります。1991年(平成3年)に長崎県の伝統的工芸品に指定されました。現在は芳秀堂や若田石硯匠会の職人が、一点ずつ手彫りで作っています。

発祥

対馬で硯が作られ始めたのは江戸時代初期からといわれ、この頃から商品として作られるようになったと紹介されています。頁岩は対馬の全島で見られますが、硯には若田のものが最適とされてきました。紫式部の愛用や林羅山の評価は、いずれも言い伝えとして語られています。

歴史

地元の情報誌によると、江戸時代後期に厳原の満山俊三が釣針作りとともに硯の彫刻を行い、今の若田石硯の基礎を築きました。その後、満山家に学んだ初代岩坂芳秀が1924年(大正13年)に「芳秀堂」を開き、1975年に亡くなるまで多くの硯を残しました。芳秀堂は2004年、息子の2代目芳秀によって29年ぶりに再興されたとされます。

特徴

石は青みがかった漆黒で、粘土が幾層にも固まってできています。墨をするときの滑らかさと程よい硬さを兼ね備え、墨の発色と保ちに優れるとされます。石の模様を生かした自然硯のため、装飾品としても楽しめると紹介されています。一点ずつ手彫りするため、色・形・大きさはすべて異なります。

使用される素材

若田石(頁岩)対馬砥石漆

制作工程

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    形を決める

    石の形を見て、墨をする「墨堂(ぼくどう)」と墨をためる「墨池(ぼくち)」の位置と形を決めます。型紙を石に写し、石の個性を生かしながら硯の縁を削り出します。

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    彫り

    用途に合わせて刃先の違うノミを持ち替え、墨堂と墨池を彫って磨きます。硯の裏も平らに整えます。芳秀堂の2代目は、ノミを右肩で押して彫ると紹介されています。

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    墨堂の研磨

    荒砥・中砥・仕上げ砥の3段階で磨きます。仕上げには対馬の浅茅湾(あそうわん)で採れる対馬砥石を使い、鋒鋩(ほうぼう:墨をおろす細かな凹凸)の立ち具合を確かめます。

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    仕上げ

    縁の角を落とし、布製の紙やすりで磨きます。最後に漆を指に付けて、場所ごとに塗り分けて仕上げます。

主な産地
  • 対馬市厳原町

職人・工房

芳秀堂(岩坂芳秀堂)

初代岩坂芳秀が1924年に開いた硯の工房です。2004年に息子の岩坂治人さんが2代目芳秀として再興しました。「木目模様」「鉄さび模様」など、石の個性を生かす技法を研究していると紹介されています。

公式サイト →

若田石硯匠会

若田の流れをくむ職人の会で、「硯匠会(けんしょうかい)」とも呼ばれます。長崎県の資料では、芳秀堂とともに製造者として名前が挙がっています。若田石硯は5人ほどの職人が作り、そのうち3人が所属していると紹介されています。

購入方法

対馬市のふるさと納税
対馬市のふるさと納税の返礼品として、「匠」運営協議会や岩坂芳秀堂の若田石硯が掲載されています。受注生産のため、発送まで1か月程度かかると案内されています。寄付額や取り扱いは時期によって変わります。購入先を見る →PR

体験施設

体験であい塾 匠

長崎県対馬市厳原町下原82-12

若田石硯匠会の指導で、オリジナルの硯作りを体験できると紹介されています。要予約で、問い合わせ先は0920-56-0118です。硯作り体験の料金は確認できなかったため、実施状況とあわせて事前に問い合わせてください。

詳細を見る →

よくある質問

Q. 紫式部が使ったというのは本当ですか?

A. 紫式部が『源氏物語』の執筆に愛用したという話は、あくまで言い伝えとして紹介されています。史料で確かめられた事実ではありませんが、古くから名硯として知られてきたことを物語る伝承です。

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