
杉原紙(すぎはらがみ)は、兵庫県多可町(たかちょう)加美区で漉かれている手漉き和紙です。原料には楮(こうぞ。クワ科の低木で、和紙の代表的な原料)だけを使い、やさしい白さと柔らかな手ざわりが特徴です。奈良時代の「播磨紙」の流れをくむと考えられ、平安時代には藤原氏の荘園・椙原庄(すぎはらのしょう)で紙が作られていました。鎌倉時代には幕府の公用紙となり、室町時代には「武家は杉原でなければ文を書かぬ」と記されるほど重んじられました。明治以降は洋紙に押されて衰え、1925年(大正14年)にいったん途絶えます。1970年に紙漉きが再現され、1972年に町営の杉原紙研究所が設けられて復活しました。1983年に兵庫県重要無形文化財、1993年に兵庫県伝統的工芸品に指定されています。
発祥
播磨は古くから紙の産地として知られ、杉原紙は奈良時代の播磨紙の系統を引くと推定されています。平安時代には、播磨国杉原谷にあった藤原氏の荘園・椙原庄で紙が漉かれていました。関白藤原忠実の日記『殿暦』には、1116年に「椙原庄紙」の名が見えます。これが杉原紙という名の由来とされます。1940年には、新村出と寿岳文章の両博士の調査によって、杉原紙の発祥地が杉原谷であることが示されました。
歴史
鎌倉時代には幕府の公文書用紙として使われ、『北条九代記』には1219年に「杉原紙初めて流布す」と記されています。室町時代には武家の書状に欠かせない紙とされ、杉原紙10帖に末広(扇)1本を添えた「十帖一本」は献上品の定番になりました。各地で「○○杉原」と呼ばれる類似の紙も生まれます。江戸時代には浮世絵にも使われ、庶民にも広まりました。明治以降は洋紙の普及などで衰え、1925年に生産が途絶えます。1970年に紙漉きが再現され、1972年に杉原紙研究所が操業を始めました。
特徴
杉原紙は楮だけを原料とし、やさしい白さと柔らかな感触が持ち味です。冬には楮の白皮を冷たい川の水にさらす「川さらし」を行い、自然な白さを引き出します。さらに白く仕上げるため、米の粉を水に浸してこした液を紙料に加えるのも特徴です。現在は書道用の和紙のほか、木の葉や色を漉き込んだカラフルな民芸紙も作られています。1983年に兵庫県重要無形文化財、1993年に兵庫県伝統的工芸品に指定されました。
使用される素材
制作工程
- 1
楮蒸し・皮はぎ
長さ1mに切りそろえた楮を釜で蒸し、熱いうちに皮をはぐ。その後、外側の黒皮を削り取り、内側の白皮だけにする。
- 2
川さらし・煮熟
白皮を冷たい川の水にさらし、干して乾燥させる。傷んだ部分を取り除いたうえで釜で煮て柔らかくし、チリやゴミなどの不純物を手で取り除く。
- 3
叩解・紙料づくり
機械や棒で叩いて繊維をほぐし、紙料(しりょう)にする。より白く仕上げるため、米の粉を水に浸して袋でこした液を加える。
- 4
紙漉き
紙料に、トロロアオイ(アオイ科の植物)の根から採った粘液「サナ(ネリ)」を加えてかき混ぜる。簀桁(すけた)で紙料をすくい、前後左右に揺すって漉き、板の上に積み重ねる。
- 5
脱水・乾燥
積み重ねた湿った紙を圧搾して水を抜く。サナの働きで紙どうしが密着しないため、1枚ずつはがして乾燥させる。
| 主な産地 |
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職人・工房
多可町立杉原紙研究所
多可町加美区鳥羽768-46にある町立の紙漉き工房。1972年に旧加美町が設立し、兵庫県は伝統的工芸品「杉原紙」の製造者として紹介している。先人の技術を追い求め、書道用紙や民芸紙を漉いている。
公式サイト →購入方法
- 紙匠庵でんでん(杉原紙の里)
- 杉原紙研究所と同じ「杉原紙の里」にあるショップで、色とりどりの杉原紙や小物を扱う。公式サイトでは短冊220〜330円程度、色紙572円程度、集印帖5,280円程度の例が載る。営業は4〜11月9:30〜16:30、12〜3月10:00〜16:00。水曜(祝日の場合は翌日)と年末年始は休み。購入先を見る →PR
体験施設
杉原紙研究所 紙すき体験
兵庫県多可郡多可町加美区鳥羽768-46
地元の楮を使い、木枠で紙を漉く。木の葉や色を付けた楮で模様も入れられる。料金ははがき2枚450円程度(模様入り550円)、半紙サイズ550円〜、A3サイズ700円〜。体験は20分程度で、乾燥に1時間〜1時間半程度かかる。前日までに要予約。
詳細を見る →よくある質問
Q. 杉原紙という名前の由来は何ですか?
A. 平安時代に播磨国杉原谷にあった藤原氏の荘園・椙原庄で作られた紙であることに由来します。「すいばら」「すぎわらがみ」と呼ばれることもありました。
Q. 「十帖一本」とは何ですか?
A. 杉原紙10帖に末広(扇)1本を添えた贈り物の形式です。武家社会で献上品の様式として定着し、杉原紙が格式ある紙だったことを示しています。