西ノ内紙は茨城県常陸大宮市(旧山方町西野内)を中心に漉かれる手漉き和紙で、ミツマタやガンピを混ぜずコウゾのみを原料とする点に特徴がある。原料には常陸大宮市や大子町周辺で栽培される「那須楮」を用い、昼夜の寒暖差により絹に例えられるほど適度な太さと長さの繊維が育つとされる。江戸時代には水戸藩の紙専売仕法(1688年)により藩が全量を買い上げる重要産業となり、強靭さと保存性の高さから江戸の商家では大福帳にも用いられた。1971年(昭和46年)12月2日には茨城県の無形文化財(工芸技術)に指定され、現在も少数の漉き手により伝統の技が受け継がれている。
発祥
西ノ内紙の名は、旧山方町の地名「西野内」に由来する。江戸時代初期から常陸大宮市周辺の山間部で紙漉きが行われ、原料には那珂川流域や大子町方面で採れるコウゾ(那須楮)が用いられた。那須楮は鬼怒川の舟運を通じて江戸へ運ばれたことから、その名で呼ばれるようになったと伝えられる。
歴史
江戸時代の1688年、水戸藩は紙専売仕法を定め、領内で漉かれた紙を藩が全量買い上げる制度を敷いた。1790年頃には紙の売上高が藩の産物収入の中でも突出しており、西ノ内紙は水戸藩の最重要産業のひとつであった。明治時代には菊池五介らが岐阜の製紙改良伝習所で美濃紙の技術を学び、生産効率の向上を図った。1971年(昭和46年)12月2日に茨城県無形文化財(工芸技術)に指定され、現在も常陸大宮市の代表的な伝統産業として受け継がれている。
特徴
ミツマタやガンピを混ぜず、コウゾのみを原料として漉く点が最大の特徴で、繊維が長く強靭な紙に仕上がる。水に浸けても破れにくく滲みにくいため、江戸時代には商家の大福帳や記録用紙として重用された。伝統的な規格は1尺1寸×1尺6寸(約33cm×48cm)で、はがきや半紙のほか、のれんやクッションカバーなど日用品への展開も進んでいる。
使用される素材
職人・工房
紙のさと(菊池正気)
常陸大宮市舟生で350年の伝統を持つ西ノ内和紙を漉く工房兼直売店。家業を継いだ菊池正気氏が息子とともに紙漉きを行い、水に浸けても滲まない強靭な和紙を用いたのれんやクッションカバーなどの日用品も製作している。
公式サイト →体験施設
紙のさと 西ノ内和紙資料館
茨城県常陸大宮市舟生90
紙漉きの道具や世界の紙を展示する資料館。紙漉きの実演や漉き絵の体験教室(1,500円、要予約、所要約2時間)を開催しており、入館は無料。
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