名尾手漉和紙は、佐賀市大和町名尾地区で300年以上受け継がれてきた手すき和紙です。江戸時代中期の1690年(元禄3年)、名尾村の庄屋・納富由助が筑後国溝口村(現・福岡県八女市)で紙すきの技術を習得して持ち帰ったことに始まります。耕地の少ない山間の名尾では、この技術が農家の貴重な副業として広まり、最盛期の昭和初期には100軒近い家が紙すきを営む一大産地となりました。原料には一般的な楮ではなく地区に自生・栽培される梶の木を用いるのが最大の特徴で、繊維が長く絡み合うため薄くても丈夫な紙に仕上がり、提灯紙や番傘、合羽、障子紙などとして重用されてきました。しかし機械化や生活様式の変化により従事者は減少を続け、現在は「名尾手すき和紙」を営む谷口家一軒のみがその技術を継承しています。7代目・谷口弦氏が工房を守り、伝統を生かしながら新しい和紙製品づくりにも取り組んでいます。
発祥
名尾和紙の起源は江戸時代中期の1690年(元禄3年)に遡ります。名尾村の庄屋であった納富由助が、筑後国溝口村(現・福岡県八女市)で紙すきの技術を習得し、村に持ち帰って伝えたのが始まりとされます。耕地が少なく農業だけでは生計が難しかった名尾地区では、この紙すき技術が農家の貴重な副業として広まり、以後地区を支える産業として定着していきました。
歴史
江戸時代には提灯紙や番傘、合羽、障子紙などとして名尾和紙が広く用いられ、地区の重要な産業となりました。明治維新後は一時衰退したものの、1888年に名尾製紙組合が設立され、1900年には川浪正隆が名尾製紙養成所を設けて生産力向上を図りました。昭和初期には100軒近い家が紙すきを営む一大産地となりましたが、戦後は機械漉きの普及や生活様式の変化により従事者が減少し、現在は谷口家の「名尾手すき和紙」一軒のみが技術を継承しています。
特徴
名尾和紙最大の特徴は、一般的な和紙の原料である楮ではなく、名尾地区で栽培される梶の木を原料とする点にあります。梶は楮に比べ繊維が長く、繊維同士が複雑に絡み合うため、薄く漉いても破れにくい丈夫な紙が生まれます。この強靭さから提灯紙や番傘、合羽紙など、耐久性が求められる用途に古くから重用されてきました。現在では草花を漉き込んだ意匠紙や照明用の和紙など、伝統を生かした新しい製品づくりにも取り組んでいます。
使用される素材
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職人・工房
名尾手すき和紙(谷口家)
1690年の技術伝来以来、名尾で紙すきを続ける唯一の工房。現在は7代目・谷口弦が代表を務め、伝統を守りながら草花を漉き込んだ意匠紙や照明用和紙など新しい表現にも挑戦している。
公式サイト →購入方法
- 直営店 KAGOYA(名尾手すき和紙)
- 佐賀市大和町の工房に併設する直営店。便箋やランプシェードなど名尾和紙を使った製品を購入できる。購入先を見る →PR
- うなぎの寝床
- 福岡県八女市の地域文化商社。名尾手すき和紙の紙製品をセレクトショップとして取り扱っている。購入先を見る →PR