明珍火箸

Myochin Hibashi (Myochin Fire Tongs)

明珍火箸 1

明珍火箸(みょうちんひばし)は、兵庫県姫路市で作られている鉄製の火箸です。火箸は、火鉢や囲炉裏で炭をつかむための金属の箸のことです。作り手の明珍家は、平安時代末期から続くと伝わる甲冑師(よろいやかぶとを作る職人)の家柄で、江戸時代には姫路にも一家がありました。武士の時代が終わって甲冑の需要がなくなると、鉄を鍛える技術を生かして火箸を作るようになります。火箸どうしが触れ合ったときに響く、澄んだ高い音色が最大の特徴です。暖房の主役が石油ストーブに移って火箸の需要が減ると、1965年に4本の火箸を吊るした「火箸風鈴」が考案され、全国に広まりました。その音色は国内外の音楽家にも愛されています。現在は火箸風鈴やドアチャイムなどの音を楽しむ品が中心です。1993年(平成5年)に兵庫県の伝統的工芸品に指定されました。

発祥

明珍家の名は、平安時代末期に始祖が近衛天皇に鎧や轡(くつわ)を献上し、その出来栄えをたたえて「明珍」の号を賜ったことに由来すると伝わります。ただし、この由来には確証がないとする辞典もあります。明珍派の甲冑師は室町時代に各地へ分かれ、江戸時代には江戸や金沢などとともに姫路にも広がりました。明珍家は甲冑のほか、鐔(つば)や轡、火箸なども手がけていました。

歴史

火箸づくりの始まりについて、兵庫県は「19世紀のはじめ」とする紹介と「明治時代」とする紹介の両方を載せています。明治維新で甲冑の需要がなくなると、明珍家は鍛鉄の技を生かした火箸を家業の柱にしました。1960年代に石油ストーブが普及して火箸が売れなくなると、52代当主の明珍宗理が1965年に「火箸風鈴」を考案し、全国に広まります。1993年に兵庫県の伝統的工芸品に指定され、家業は53代へと受け継がれています。

特徴

明珍火箸の魅力は、火箸どうしが触れ合ったときに生まれる、澄みわたった高い音色と長い余韻です。高温に熱した鉄を金づちで何度も鍛えて形作るため、一本ずつ手仕事で仕上げられます。火箸の型は20種類ほどあり、代表的なものはツクシ型、ツヅミ型、ワラビ型、カワクギ型の4種類です。現在は4本組の火箸風鈴やドアチャイムとして、音を楽しむ工芸品として親しまれています。

技法

鍛造(鍛鉄)

炉で高温に熱した鉄の棒を、金づちで何度も打って鍛え、火箸の形に仕上げる。甲冑づくりで受け継がれてきた鍛鉄の技術が基礎にある。一打ちごとの加減が、澄んだ音色と余韻を左右するとされる。

火箸の型

火箸の型は20種類ほどあり、代表的なのはツクシ型、ツヅミ型、ワラビ型、カワクギ型の4種類。かつては炭をつかむ実用品として、用途や好みに応じて多くの型が作られてきた。

火箸風鈴

火箸を4本組にして吊るし、風に揺れて触れ合う音を楽しむ風鈴。1965年に52代明珍宗理が考案した。「チリーン」という高く伸びやかな音が特徴で、ドアチャイムにも応用されている。

使用される素材

鉄
主な産地
  • 姫路市伊伝居上ノ町

職人・工房

明珍本舗

姫路市伊伝居上ノ町にある明珍火箸の製造元。平安時代末期から続くと伝わる甲冑師・明珍家が営む。52代当主の明珍宗理が火箸風鈴を考案し、現在は53代へと技が受け継がれている。兵庫県の資料では「明珍火箸本舗」の名で製造者として掲載されている。

購入方法

じばさんびる 播産館
JR姫路駅から歩いてすぐの姫路市南駅前町123、じばさんびる内にある播磨の特産品売場。明珍火箸のほか、姫革細工や姫路張子、姫路こまなど地元の工芸品を扱う。営業は9時〜19時で無休。
姫路城売店・ピオレ姫路おみやげ館
明珍火箸は、姫路城の売店や姫路駅のピオレ姫路おみやげ館でも販売されている。風鈴やドアチャイムなど、贈り物向けの商品が中心である。品ぞろえは時期により異なる。

よくある質問

Q. 「明珍」という名前の由来は何ですか?

A. 平安時代末期、明珍家の始祖が近衛天皇に鎧や轡を献上し、その音の響きや光沢をたたえて「明珍」の号を賜ったと伝えられています。ただし確証はないとする資料もあります。

Q. 火箸風鈴はいつ生まれたのですか?

A. 1965年です。石油ストーブの普及で火箸の需要が減るなか、52代当主の明珍宗理が考案しました。火箸どうしが触れ合う澄んだ音が評判となり、全国に広まりました。

Q. 火箸風鈴の音色はどのように評価されていますか?

A. 鍛えた鉄が触れ合う澄んだ高音と長い余韻は国内外で評判を呼び、歌手のスティーヴィー・ワンダーや電子音楽の草分けである冨田勲らも称賛したと紹介されています。

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