
熊野筆(くまのふで)は、広島県安芸郡熊野町で作られる筆の総称です。書道に使う毛筆(書筆)のほか、日本画や水彩画の画筆、化粧筆、刷毛まで幅広く作られています。熊野町での筆づくりは江戸時代末期に始まりました。1975年(昭和50年)には、県内で初めて国の伝統的工芸品(経済産業大臣指定伝統的工芸品)に指定されています。町では人口の約1割にあたる約2,000人が筆に関わる仕事に就いているとされ、「筆の都」と呼ばれます。熊野筆事業協同組合によると、令和4年度の組合員の生産実績は約2,400万本、約96億円にのぼります。なかでも戦後に広がった化粧筆が最も多く、国内外の化粧品メーカーにも使われています。町内には筆の博物館「筆の里工房」があり、伝統工芸士の実演を見たり、筆づくりを体験したりできます。
発祥
熊野町は農地が少なく、江戸時代の農民は農閑期に紀州(和歌山県)や大和(奈良県)などへ出稼ぎに出ていました。その帰りに奈良などで筆や墨を仕入れ、行商したことが、熊野と筆との関わりの始まりとされます。やがて村の人が筆づくりを学び、技術を持ち帰りました。熊野筆事業協同組合は奈良の職人から教わったと説明し、伝統工芸 青山スクエアは広島藩の御用筆司のもとで学んだ人が技法を伝えたとしています。有馬(兵庫県)で修業した人がいたとする資料もあります。
歴史
広島藩が工芸を奨励したこともあり、熊野の筆づくりは盛んになりました。明治時代に学校制度が広まると、習字に使う筆の需要が大きく伸び、熊野は筆の一大産地に育ちます。戦後は書筆の需要が落ち込み、画筆や化粧筆の生産に活路を見いだしました。1975年に伝統的工芸品に指定され、2004年には組合が団体商標を取得しています。毎年秋分の日には、榊山神社などを会場に「筆まつり」が開かれ、2026年で92回目を数えました。
特徴
熊野筆には、ヤギ、ウマ、シカ、タヌキ、イタチ、ネコなどの獣毛が使われます。化繊毛や羽、赤ちゃんの胎毛(たいもう)を使う筆もあります。学童用から書道の専門家用、注文に応じた特殊な筆まで、種類の多さが特徴です。熊野筆は古くから73の工程を経て作られるといわれ、毛の選別や混毛、穂首づくりは熟練の職人が手作業で行います。化粧筆では、書筆で培った穂首づくりの技術が生かされています。
技法
火のし・毛もみ
原毛にもみ殻の灰をまぶし、熱したこてを当てて毛の癖を直し、油分を吸い取らせる工程である。その後、鹿革で包んで揉み、毛筋をまっすぐに伸ばす。灰で揉んで油分を抜く下ごしらえは、熊野筆づくりの最初の要となる。
練り混ぜ
長さをそろえた毛を薄く延ばして薄い糊をつけ、何度も折り返して均一に混ぜ合わせる工程である。性質の違う毛をむらなく混ぜることで、筆の穂ができあがる。混ぜながら、残っていた質の悪い毛もここで取り除く。
さか毛・すれ毛取り
毛先をそろえた毛束から、逆向きに生えた毛や毛先のすり切れた毛を、ハンサシと呼ばれる小刀で抜き取る作業である。指先の感覚を頼りに一本ずつ見極める。こうした毛が残ると、穂先がまとまらない筆になる。
使用される素材
制作工程
- 1
選毛・毛組
筆の種類に合わせて毛を選び、量を決めて組み合わせる。
- 2
火のし・毛もみ
灰をまぶしてこてを当て、癖と油分を取り、鹿革で揉む。
- 3
櫛抜き・毛そろえ
櫛で綿毛を除き、毛束を叩いて毛先をそろえる。
- 4
さか毛・すれ毛取り
小刀で逆毛や毛先の傷んだ毛を抜き取る。
- 5
寸切り
寸木という定規を使い、毛を必要な長さに切りそろえる。
- 6
練り混ぜ
薄い糊をつけた毛を折り返しながら均一に混ぜる。
- 7
芯立て
コマと呼ばれる筒で太さを整え、乾かして穂の芯にする。
- 8
衣毛巻き(上毛巻き)
上質な衣毛を薄く延ばして芯に巻き、乾かす。
- 9
糸締め
根元を麻糸で締め、焼きごてで焼き締めて穂首を仕上げる。
- 10
くり込み
小刀で軸の穴を整え、穂首を接着して固定する。
- 11
仕上げ
穂首に糊を含ませて形を整え、乾かす。
- 12
銘彫刻
軸に筆の名を彫り、顔料を入れて完成させる。
| 主な産地 |
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|---|
職人・工房
白鳳堂
熊野町城之堀に本社を置く筆メーカーで、1974年に創業した。伝統的な和筆の技術を応用し、高品質な化粧筆を多品種で量産する体制を築いた。2005年に第1回ものづくり日本大賞の内閣総理大臣賞を受賞している。化粧筆のほか、書筆や日本画筆、仕事用の筆も作る。
公式サイト →竹宝堂
熊野町の化粧筆メーカーである。会長の竹森鉄舟は面相筆の穂先づくりから出発した筆司と紹介され、2022年に化粧筆の製作で黄綬褒章を受けた。極(きわみ)や匠、Zなど多くのシリーズを展開し、洗顔ブラシや筆ケースも扱う。
公式サイト →晃祐堂
熊野町に本社を置く化粧筆メーカーで、熊野町平谷に化粧筆工房と直営店を構える。熊野筆の伝統技術に独自の工夫を加え、意匠登録された商品も多い。2023年度の伝統的工芸品公募展では、柿渋染めの熊野筆5本セットがバイヤー賞を受けた。
公式サイト →購入方法
- 熊野筆セレクトショップ(筆の里工房内)
- 筆の里工房に併設された店で、書筆・画筆・化粧筆など約1,500種類を扱うと紹介されている。産地の多くのメーカーの筆を一度に見比べられる。工房内にはミュージアムショップもある。購入先を見る →PR
- 熊野筆セレクトショップ 銀座店
- 東京・銀座のひろしまブランドショップTAUの2階にある熊野化粧筆の専門店である。化粧筆メーカー7社の製品と店舗オリジナル品を合わせて400種類以上をそろえ、書筆や画筆も扱う。使い方や手入れの相談もできる。購入先を見る →PR
- 熊野筆事業協同組合
- 熊野町中溝3-13-19にある産地組合(電話082-854-0074)。公式サイトでは熊野筆の作り方や手入れ方法を紹介しており、公式ショップも開設している。購入先を見る →PR
体験施設
よくある質問
Q. 本物の熊野筆はどう見分ければよいですか?
A. 熊野筆事業協同組合は、統一ブランドマーク「Kマーク」の証紙を定めています。Kマーク入りの筆は通し番号から、組合に製造事業者を問い合わせられます。一部のネットショップやフリマアプリで偽の証紙が出回っているとして、組合が注意を呼びかけています。
Q. 買ったばかりの書筆は、どう使い始めればよいですか?
A. 新しい筆は、毛先が糊で固められていることが多いです。組合は、使う前に毛先をやさしくほぐし、糊を落とすよう案内しています。使った後は墨を洗い落として形を整え、風通しのよい日陰で干します。