甲州手彫印章は、山梨県で作られる手彫りのはんこです。印面の文字のデザインから字割り、字入れ、荒彫り、仕上げまで、すべての工程を昔ながらの道具で手作業により行います。始まりは、御岳山系で良質で大きな水晶の鉱脈が見つかったことでした。水晶を加工する職人や篆刻家(てんこくか:印を彫る芸術家)が育ち、その技が印章づくりへと受け継がれていきます。中心産地の市川三郷町六郷地区は「日本一のはんこの里」と呼ばれ、彫刻から卸、印章ケースの製造まで、はんこに関わる業種が集まっています。印材には水晶のほか、ツゲや水牛の角なども使われます。水晶の手彫り印章は、山梨県以外ではほとんど作られていません。1994年に山梨県郷土伝統工芸品、2000年に国の伝統的工芸品に指定されました。六郷の印章資料館では、印章の歴史に触れられ、篆刻体験もできます。
発祥
山梨県の印章業は、御岳山系で良質で巨大な水晶鉱が見つかったことに始まるとされます。甲府近郊の御岳には、天保8年(1837年)に水晶の加工場が設けられました。山梨には水晶の丸玉や細工物を作る職人がおり、江戸時代から著名な篆刻家も数多く出ています。六郷印章業連合組合によると、文久年間(1861〜1863年)に水晶印の篆刻が始まりました。
歴史
江戸時代末期の『甲府買物独案内』には、甲府市内で御印版を扱う版木師の記載があります。旧岩間村を中心とする六郷では、江戸時代に農家が副業で足袋を作り、全国へ行商していました。明治に入って足袋産業が衰えると、その販路を生かして印章業へ転換します。明治6年(1873年)の太政官布告で庶民も実印を持つようになり、需要が高まりました。大正時代末には印章の産地として確立しています。
特徴
職人は彫る字を選んでバランスを整え、印材に字を書いてから一本ずつ手で彫り上げます。すべてを手作業で行うため、同じ印影は二つとありません。実印や銀行印、認印、法人印など、さまざまな印章が作られています。印材は水晶、水牛、ツゲ、象牙など多彩です。特に水晶の手彫り印章は山梨以外ではほとんど作られず、華やかな印影が特徴です。
技法
布字(ふじ)
印面に文字を配置していく工程です。文字には決まった形があり、個性を出そうと極端に曲げると別の字になってしまいます。職人は篆書(てんしょ)などの書体の知識をもとに、枠からはみ出さないよう時間をかけて字を収めます。
水晶印の手彫り
硬い水晶に文字を彫る水晶印は、水晶加工の歴史を持つ山梨ならではの印章です。明治に入り水晶加工業が発展すると水晶印も注目を集め、大正から昭和にかけてはアジアの国々にも販路が広がりました。
使用される素材
制作工程
- 1
印面調整
印材の印面を平らに整える。
- 2
印稿(いんこう)
彫る文字の書体や配置を紙の上で考える。
- 3
字割(じわり)
印面の中での文字の割り付けを決める。
- 4
字入(じいれ)
印面に直接、文字を書き入れる。
- 5
荒彫(あらぼり)
文字の周りの不要な部分を彫り落とす。
- 6
印面調整
彫り終えた印面を、再び平らに整える。
- 7
仕上げ
細部を彫り込み、文字の線を整える。
- 8
補刀(ほとう)
印影を確かめながら、細かな修正を加える。
| 主な産地 |
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|---|
職人・工房
六郷印章業連合組合
市川三郷町六郷地区の印章職人でつくる団体。手彫りの技術を守りながら印章の製造・販売を行い、篆刻体験や印章供養祭を通じてはんこ文化を発信している。後継者の育成にも取り組む。
公式サイト →望月煌雅工房
甲州手彫印章の伝統工芸士・望月煌雅(こうが)氏の工房で、市川三郷町岩間にある。祖父が昭和15年ごろに創業した。厚生労働省認定の一級印章彫刻技能士で、全国技能グランプリでの優勝経験をもつ。
購入方法
- 六郷印章業連合組合
- 六郷の印章職人でつくる団体で、手彫り印章の製造・販売を行う。事務所は市川三郷町岩間2160の地場産業会館内にあり、JR身延線の甲斐岩間駅から徒歩3分ほど。購入先を見る →PR
体験施設
印章資料館
山梨県西八代郡市川三郷町岩間2160 市川三郷町地場産業会館内
明治時代初期から使われたノミや砥石、印章販売の注文書などを展示する。中国清朝の印譜集『十鐘山房印挙(じっしょうさんぼういんきょ)』も所蔵している。4〜11月は平日8時30分〜17時、土日祝10〜15時に開館。
詳細を見る →六郷印章業連合組合 篆刻体験
山梨県西八代郡市川三郷町岩間2160 市川三郷町地場産業会館内
印章彫刻士の指導を受けながら、石に名前や好きな文字を彫る。所要1時間30分〜2時間ほどで、料金は一般個人5,500円程度、10名以上の団体は1人3,300円程度。水〜金曜に実施し、個人は3日前までの予約制。
詳細を見る →よくある質問
Q. 印章と印鑑はどう違うのですか?
A. 名前が彫られたはんこそのものを、正しくは「印章」といいます。「印鑑」は本来、はんこを押した跡である印影のことを指す言葉です。近年は、はんこの意味で印鑑という言葉を使う人も増えています。
Q. 六郷が「はんこの里」になったのはなぜですか?
A. 江戸時代の六郷では、農家が副業で足袋を作り、全国へ行商していました。明治に足袋産業が衰えると、その販路を生かして印章を売り歩くようになります。水晶加工や篆刻の技の蓄積もあり、大正時代末には印章の産地として確立しました。
Q. 落款印(らっかんいん)とは何ですか?
A. 書や絵の作品に作者が押す印のことです。遊び心のある図柄も彫れ、芸術としての面白さを備えています。最近は若い人や外国人の間で人気が高まり、名刺や手紙に押して楽しむ人もいます。
Q. 古いはんこを彫り直すことはできますか?
A. 象牙などの貴重な印材は、印面を削って新しく彫り直す「改刻」ができます。祖父の印章を彫り直して孫が使うといった例もあります。高価な印材を世代を超えて受け継げるのも、手彫り印章の良さです。