棕櫚箒(しゅろほうき)は、和歌山県紀美野町で作られている、棕櫚の木の皮の繊維を穂先に使った和箒です。紀美野町周辺はかつて野上谷(のかみだに)と呼ばれ、棕櫚皮と棕櫚製品の全国一の産地として知られました。棕櫚の繊維は細くしなやかで弾力があり、水にも強く腐りにくいのが特長です。その箒は掃き心地が柔らかく、細かな埃もよく集めます。使い続けると畳やフローリングに艶が出るともいわれます。野上谷では、少なくとも江戸時代後期から箒が作られてきたと伝わります。2004年(平成16年)に和歌山県知事指定の郷土伝統的工芸品となりました。指定当時、この地の伝統の技を受け継いでいたのは、のちに県の名匠に選ばれる桑添勇雄ただ一人でした。現在は弟子の西尾香織が営む棕櫚箒製作舎が、その技を受け継いでいます。
発祥
紀美野町周辺はかつて野上谷と呼ばれ、棕櫚が自生し、栽培もされていた土地です。和歌山県の棕櫚皮の産地としての歴史は、室町時代にまでさかのぼるといわれます。江戸時代の史料にも、棕櫚皮の出荷が記されています。箒づくりの始まりははっきりしませんが、少なくとも江戸時代後期には、紀美野町東部あたりで作られていたと伝わります。
歴史
野上谷は昭和まで、棕櫚皮と棕櫚製品の全国一の産地でした。戦後は町役場のある動木(とどろき)周辺で棕櫚産業が栄え、箒を専業とする店が20〜30軒あった時期もあったといいます。しかし昭和40年前後に需要が減って棕櫚栽培は衰え、多くの棕櫚林は杉やヒノキに植え替えられました。現在、原料の多くは中国からの輸入です。
特徴
棕櫚箒には、棕櫚皮をそのまま丸めて束ねる「皮箒(かわぼうき)」と、ほぐした繊維を束ねる「鬼毛箒(おにけぼうき)」があります。最上質品の「本鬼毛箒」は、皮の両端にある太く硬い「鬼毛」だけを1本ずつ手で抜き集めて作ります。「一生に3本あれば足りる」といわれるほど長持ちし、傷んでも修理して使えます。野上谷の箒は、束(玉)の大小を極端に変えない独自の形を持つとされます。
技法
鬼毛の手選別
本鬼毛箒の主原料は、棕櫚繊維の中から1本ずつ手で選び抜いた「鬼毛(本鬼毛・タチケ)」である。1本の箒に数千本から1万本以上が必要で、通常の鬼毛箒の数倍の手間がかかる。棕櫚箒製作舎は2012年から、この途絶えかけた製法の再現に取り組んでいる。
玉の巻き締め
整えた棕櫚繊維を重ね、芯に繊維と少量の糯藁(もちわら)を入れて、銅線や糸で硬く巻き締める。締めが緩いと毛が抜け、強すぎると銅線が切れてしまうため、職人は手の感覚だけを頼りに束ねていく。
使用される素材
制作工程
- 1
繊維の整形と選別
棕櫚繊維の束を水で濡らし、鉄針の櫛が回る専用の毛捌き機に少しずつ通して真っすぐに整え、短い繊維や汚れを除く。質や長さで選別し、決まった寸法に切って自然乾燥させる。
- 2
柄とコウガイの製作
持ち手となる黒竹などを寸法に切り、先端に穴をあける。冬に伐って乾かした孟宗竹を鉈で割り、小刀で削って火で炙り、玉を留める竹串(コウガイ)を作る。
- 3
玉の製作
棕櫚繊維を適量重ね、芯に繊維と糯藁を入れて銅線や糸で硬く巻き締め、「玉」と呼ぶ束を作る。玉の数は箒の幅で異なり、長柄箒なら7玉・9玉・11玉などがある。
- 4
玉と柄の組み立て
柄を付けた中央の玉の穴にコウガイを通し、残りの玉を左右同数ずつ通して固定する。余ったコウガイを切り落とし、丸鋲や釘で補強する。
- 5
穂先の仕上げ
最後に熊手で穂先の毛を整え、長さを切りそろえて仕上げる。棕櫚箒製作舎では、紀美野町の鍛冶屋に作ってもらった一点ものの熊手を使っている。
| 主な産地 |
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職人・工房
棕櫚箒製作舎(西尾香織)
紀美野町の山あいで、受注製作の棕櫚箒を一人で手がける工房。広島市出身の西尾香織が2006年に桑添勇雄に弟子入りし、5年間で1万本以上を作って2012年に独立した。2025年度の日本民藝館展で奨励賞を受けている。
桑添勇雄(和歌山県名匠)
紀美野町で桑添勇雄商店を開き、上質な誂え物の棕櫚箒を50年以上作った職人。2007年度(平成19年度)に和歌山県名匠に選ばれた。県指定当時は技を継ぐ唯一の職人だったが、すでに故人となり、店も2025年に廃業した。
購入方法
- 棕櫚箒製作舎(公式サイトでの受注製作)
- 棕櫚箒製作舎の箒は公式サイトでの直売のみで、他店での販売や卸売はしていない。受注製作・予約制で、予約は問い合わせ順に受け付ける。届くまで1年余りかかることもあり、数か月に1回ほど在庫品の限定販売も行う。購入先を見る →PR
体験施設
しゅろの手しごと体験教室(旧上神野小学校)
和歌山県海草郡紀美野町鎌滝107
棕櫚箒製作舎が廃校を借りて開く体験教室。手回しのたわし巻き機でシュロたわしを作る体験は、大人1,500円程度〜、子ども800円程度〜。土日祝日を中心に不定期開催で、3日前までに要予約。棕櫚箒の歴史資料展示室も併設する。
よくある質問
Q. 棕櫚箒はどのくらい長持ちしますか?
A. 本鬼毛箒は「一生に3本あれば足りる」といわれ、20年以上使えるとされます。傷んでも修理して使い続けられます。皮箒は原則として修理せず使い切る箒で、上質なものなら10〜15年ほどが目安です。
Q. 原料の棕櫚は今も地元産ですか?
A. 箒に使える上質な国産の棕櫚皮は、50年余り手に入らない状況です。現在は中国から輸入した棕櫚を厳しく選別して使っています。選別の基準は、昔の上質な国産棕櫚箒に劣らない品質かどうかです。
Q. 棕櫚箒はどう使えばよいですか?
A. 特別に難しく考える必要はありません。箒は寝かせず立てて持ち、穂先が常に床に当たるよう、床をなでるように軽く掃くのが基本です。手入れが簡単で手間がかからない点も、棕櫚箒の値打ちの一つとされます。