因州和紙(いんしゅうわし)は、鳥取県鳥取市の青谷町(あおやちょう)と佐治町(さじちょう)を二大産地とする和紙です。因州は、現在の鳥取県東部にあたる因幡国(いなばのくに)の別名です。奈良時代の正倉院文書には因幡で漉かれたと推測される紙が残り、平安時代の『延喜式(えんぎしき)』には因幡国から朝廷へ紙を納めた記録があります。江戸時代には藩の御用紙として、また庶民の紙として盛んに作られました。戦後は障子紙や事務用紙の需要が激減し、書道用の画仙紙(がせんし)や工芸紙、染色紙の開発に活路を求めます。なかでも手漉きの高級画仙紙は、日本有数の生産量を誇ります。墨の減りが少なく筆運びが滑らかなことから「因州筆切れず」と呼ばれ、全国の書道家に愛用されてきました。1975年(昭和50年)、和紙として全国で初めて経済産業大臣指定伝統的工芸品(国の伝統的工芸品)に指定されています。
発祥
因州和紙の起源ははっきりしていません。奈良時代の正倉院文書には、因幡国で漉かれたと推測される紙が保存されています。平安時代の『延喜式』(905〜927年編纂)には、因幡国から朝廷に紙を献上した記録があります。伝統工芸青山スクエアによると、17世紀前半に青谷、18世紀前半に佐治で藩の御用紙が作られたことが産地の始まりとされます。佐治の紙漉きについては、寛永年間(1623〜1643年)の古文書に記録があるとする説もあります。
歴史
江戸時代初期、因幡の鹿野(しかの)を治めた亀井茲矩(かめいこれのり)は、原料の楮(こうぞ)や雁皮(がんぴ)を切ってはならない木として保護しました。鳥取藩も紙座を設けて取引を管理し、生産を後押しします。明治時代には漂白技術や他県の製法を取り入れ、三椏(みつまた)の栽培も奨励されて、生産の伸びは大正末期まで続きました。昭和に入ると洋紙に押され、第二次世界大戦中は楮紙の技術を買われて気球原紙を作っています。戦後は書道用紙や工芸紙へ転換し、1975年に国の伝統的工芸品に指定されました。
特徴
因州和紙は、半紙や画仙紙などの書道用紙を中心に、工芸紙、染色紙、立体的な形の紙、機能性和紙まで幅広く作られています。佐治では三椏を使った書道用紙が発達し、青谷では楮紙も盛んに漉かれてきました。紙漉きは、竹やかやで編んだ簀(す)で紙料をすくい、揺り動かして繊維を重ねる流し漉きで行います。
技法
流し漉き
簀桁(すげた)で紙料を汲み上げ、前後左右に揺り動かして繊維を絡ませながら紙の層を重ねる技法である。紙料を水中に均一に散らす「ねり」には、トロロアオイを用いる。因州和紙では、簀は竹製またはかや製のものを使うと定められている。
板干し・鉄板乾燥
漉いた湿紙は重ねてゆっくり圧をかけ、水を抜いてから1枚ずつはがして乾かす。乾燥は、干し板に貼って天日で干す板干しか、温めた鉄板に貼る鉄板乾燥で行う。どちらも伝統的工芸品の技法として認められた方法である。
使用される素材
制作工程
- 1
原料の下ごしらえ
楮・三椏・雁皮の皮を水に浸して柔らかくし、黒皮や傷などの不要な部分を取り除く。
- 2
煮熟(しゃじゅく)
釜でアルカリ性の薬品とともに煮て、繊維以外の成分を取り除く。楮の場合、煮る時間は2〜3時間程度である。
- 3
水洗い・晒し
煮た原料を水で洗い、清流にさらして不純物を除く。
- 4
叩解(こうかい)
棒や打解機で原料をたたき、繊維を細かくほぐす。色の付いた紙を作る場合は、この段階で染料を加える。
- 5
紙漉き
漉舟(すきぶね)に紙料とねりを入れ、簀桁で汲み上げて揺り動かし、流し漉きで紙の層を重ねる。
- 6
脱水・乾燥・裁断
湿紙を数百枚重ねて圧をかけ、水を抜く。1枚ずつはがして干し板や乾燥室で乾かし、傷のある紙を選り分けて用途に合わせて裁つ。
| 主な産地 |
|
|---|
職人・工房
株式会社中原商店
鳥取市青谷町河原にある和紙メーカー。原料の楮の栽培から原料処理、紙漉きまでを手がける。書道用紙のほか、和紙のランプシェードやパネルスクリーンも作る。中原剛(1993年)と中原寛治(2018年)が国の伝統工芸士に認定されている。
公式サイト →長谷川憲人製紙
鳥取市青谷町山根で、三代目の長谷川憲人が営む小さな手漉き和紙工房。主に楮紙を漉き、三椏紙や雁皮紙も手がける。書道用紙、版画用紙、文化財の修復用紙などを作る。長谷川憲人は2001年に国の伝統工芸士に認定された。
池原製紙
鳥取市青谷町山根にある手漉き和紙の工房。植物で染めた手漉き和紙や、渋柿を漉き込んだかな書道用の画仙紙を作る。版画やデジタルカメラのプリントに使える、にじみ止め加工の楮紙も手がける。
有限会社かみんぐさじ
鳥取市佐治町福園にある因州和紙の工房。伝統工芸士を中心に手漉きの因州和紙を生産する。透かし入りの賞状用紙やオリジナル和紙の注文に応じるほか、紙漉き体験も受け付けている。
公式サイト →購入方法
- あおや和紙工房 ショップ
- 鳥取市青谷町山根313にある和紙工房のショップ。因州和紙のほか、染紙、写真用紙やプリンター用紙、色紙や封筒などの小物、ランプシェードを扱う。入館は無料で、営業は9時〜17時。月曜定休(祝日の場合は翌平日)。購入先を見る →PR
- かみんぐさじ ショップ・オンラインショップ
- 工房横のショップで、大小の和紙や和紙加工品、県内の店とのコラボ商品を販売する。メモ帳、封筒、御朱印帳、画仙紙なども並ぶ。一部の商品はオンラインショップでも購入できる。営業は9時〜16時で水曜定休。購入先を見る →PR
体験施設
よくある質問
Q. 「因州筆切れず」とはどういう意味ですか?
A. 因州和紙の書道用紙の書き心地をたたえる言葉です。筆運びが滑らかで、他の和紙で1枚書く間に2枚書けるほど墨の減りが少ないといわれます。明治時代に、佐治の三椏の半紙が「佐治川名産筆きれず」の名で売り出されたのが由来とされます。
Q. 青谷と佐治の和紙に違いはありますか?
A. どちらも鳥取市にある産地です。佐治では江戸時代後期から三椏が原料に使われ、三椏の書道用紙や画仙紙が発達しました。青谷では楮紙も盛んで、今も楮紙や修復用紙を漉く工房があります。
Q. 因州和紙の紙すきの音が「日本の音風景100選」に選ばれているのですか?
A. はい。1996年(平成8年)に環境庁(現在の環境省)が選んだ「残したい日本の音風景100選」に、「因州和紙の紙すき」が選ばれています。青谷と佐治の流し漉きの音が対象です。