富士勝山スズ竹細工は、山梨県南都留郡富士河口湖町の勝山地区に伝わる竹細工です。富士山の二合目付近に自生する細い「スズ竹」を割って編み、笊(ざる)や籠などの暮らしの道具を作ります。江戸時代の始め頃から村人の生活の中で工夫が重ねられ、慶長15年(1610年)には冨士御室浅間神社の本宮造営の際に籠を奉納した記録もあるといいます。文化11年(1814年)の地誌『甲斐国志』にも、富士北麓のスズ竹が箕(み)や笊を作る材料になったと記されています。スズ竹はしなやかで香りがよく、編み上げた製品は軽くて丈夫、水切れにも優れます。丁寧に使えば30年、40年ともつとされ、米研ぎざるなど台所の道具として重宝されてきました。平成10年(1998年)に山梨県郷土伝統工芸品に指定されました。現在は勝山スズ竹伝統工芸センターで、作り手たちが技を受け継いでいます。
発祥
勝山のスズ竹細工は、江戸時代の始め頃から村人の暮らしの中で工夫を重ねて受け継がれてきました。慶長15年(1610年)、冨士御室浅間神社の本宮造営の際に籠を奉納した記録があるといいます。文化11年(1814年)の『甲斐国志』には、富士北麓に群生するスズ竹を本栖・精進・西湖の里人が刈り、河内領や郡内領に売り歩いたと記されています。それは箕や笊、魚籃(びく)を作る材料でした。
歴史
昭和54年(1979年)、ざる作りの伝統を継ぎ、後継者を育てる目的で「勝山村甲州郡内ザル学校」が設立されました。平成10年(1998年)に山梨県郷土伝統工芸品に指定され、平成23年(2011年)には施設の名を勝山スズ竹伝統工芸センターに改めます。センターには60代から90代の約20人が所属しています。一方で、大型重機による伐採がスズ竹の生育を妨げ、材料不足が課題となっています。
特徴
スズ竹は直径0.3〜1cmほどの細い竹で、しなやかで香りがよいのが特徴です。これを4〜6本に割り、表皮をはいだひごを20〜100本ほど使って編み上げます。細かい目で編んだざるは繊細ながらしっかりしており、軽くて丈夫です。水切れがよく、米研ぎや野菜洗いに向きます。丁寧に使えば30年、40年と長持ちするといわれ、天然素材の道具として長く使えます。
技法
スズ割りと網代編み
切り出したスズ竹を4〜6本に割る「スズ割り」で、表皮をはいだ細いひごを作ります。編みの工程では、「ブッコミ」と呼ばれる網代編み(あじろあみ)や「三つ上げ」といった技法が特徴です。細いひごを使うため、目の詰まった繊細なざるに仕上がります。
使用される素材
制作工程
- 1
スズ切り
富士山麓に自生するスズ竹を切り出す。
- 2
スズ割り・ヘギ引き
スズ竹を4〜6本に割り、表皮をはいでひごにする。
- 3
ヘゴかけ・ブッコミ・三つ上げ
網代編みの「ブッコミ」などで編み進める。
- 4
シッパ作り・腰入れ・胴編み
形を整えながら、胴の部分を編み上げる。
- 5
縁どめ・縁巻き
縁を留めて巻き、仕上げる。
| 主な産地 |
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職人・工房
富士河口湖町勝山スズ竹伝統工芸センター
富士河口湖町勝山4029-5にある、ざる作りの伝統継承と後継者育成の拠点。昭和54年設立の「勝山村甲州郡内ザル学校」が前身で、在原建男さんが運営を担う。籠や笊、防暑ヘルメット、野菜洗いの道具などを作り、全国から注文が寄せられている。
公式サイト →購入方法
- 富士河口湖町ふるさと納税
- 一般財団法人富士河口湖ふるさと振興財団が、勝山スズ竹細工を返礼品として扱っている。直径約19cm・高さ10.5cmの「米研ぎザル 小(3合)」は、寄付額24,000円以上で選べる。購入先を見る →PR
- 西湖いやしの里根場
- 1966年の土砂災害で失われた根場の集落を、古民家20軒で復元した富士河口湖町西湖根場の施設。山梨県の職人紹介では、ここでスズ竹細工の実演販売を行っていると紹介されている。実施日は事前に確かめておきたい。
体験施設
富士河口湖町勝山スズ竹伝統工芸センター
山梨県南都留郡富士河口湖町勝山4029-5
作り手が集まって技を受け継ぐ施設で、ざる作り体験教室も開いている。夏季休館などもあるため、日程や内容は事前に問い合わせて訪れたい。工芸センターのブログでは、活動の様子や大石紬の展示なども紹介されている。
詳細を見る →よくある質問
Q. スズ竹とはどんな竹ですか?
A. 富士山の二合目から三合目付近に自生する、直径0.3〜1cmほどの細い竹です。しなやかで香りがよく、割って編むと軽くて丈夫な道具になります。勝山の人々は昔から、この身近な素材で暮らしに必要な笊や籠を作ってきました。
Q. なぜ材料不足になっているのですか?
A. 山梨県の紹介によると、大木を伐採する大型重機がスズ竹を押しつぶし、生育を妨げていることが原因の一つです。材料が足りないため、センターでは取引先を15、6社から6社に絞らざるを得なかったといいます。