
銅蟲(どうちゅう)は、広島で江戸時代から作られてきた銅の工芸品です。一枚の銅板を金づちで何度もたたいて器の形に打ち出し、表面に「槌目(つちめ)」と呼ばれる細かな凹凸の模様を付けます。仕上げに稲わらでいぶしてから磨き上げるため、表面は落ち着いた黒や飴色を帯びます。使い込み、年月を経るほどに色が深まり、渋い光沢が増していくのが魅力です。江戸時代の初めに広島藩主の浅野家に仕えた銅細工師に始まるとされ、藩の名産として他の大名家への贈り物にも用いられました。主な製品は花瓶や飾り皿、茶道具、文具などで、近年はビアカップのような暮らしの品も作られています。1991年(平成3年)に広島県の伝統的工芸品に指定されました。
発祥
名前は、浅野家お抱えの銅細工師が仕事熱心なあまり「銅の蟲(むし)」と呼ばれたことに由来します。この人物を、広島県は佐々木伝兵衛、地元紙や製造元は佐々木清としており、名前は資料によって異なります。地元紙によると、元和5年(1619年)に浅野長晟が紀州(和歌山)から広島へ移った際、連れてきた職人の一人だったと伝わります。藩主の長晟がその熱意をたたえて「銅蟲」の称号を与えたとする説明もあります。
歴史
地元紙の報道によると、広島藩は1778年に金沢藩主の前田家へ銅蟲の手水鉢を、1831年に米沢藩主の上杉家へ燭台を贈りました。江戸時代後期には職人が絶え、技術は一度途絶えたといわれます。明治時代後期に伊藤琢郎が研究して復興させ、その店はのちの伊藤久芳堂につながりました。官公庁や企業の記念品として需要がありましたが、伊藤久芳堂は2008年に製造を休止しました。現在は、県が2009年に製造者として指定した株式会社光などが製作を続けています。
特徴
銅蟲は厚さ1ミリほどの銅板から作られ、重厚な見た目に反して薄く軽いのが特徴です。一つずつ手でたたいて付ける槌目が、手仕事ならではの表情を生みます。わらでいぶす時間によって、黒や飴色など仕上がりの色合いが変わります。象嵌(ぞうがん)やめっき、裏側からの打ち出しによって、コイや紅葉などの文様を施した品もあります。銅は熱を伝えやすいため、ビアカップに氷を入れると、すぐに器全体が冷えるとされます。
技法
鍛金(たんきん)と槌目
一枚の銅板を金づちでたたき、伸ばしたり縮めたりしながら立体の形に打ち出す技法である。成形の後、表面をたたいて細かな凹凸の「槌目」模様を付ける。槌目は銅蟲の外観を特徴づける要素となっている。
わらいぶし
成形した器を稲わらでいぶし、表面に色を付ける工程である。さび止めの役割もあり、いぶす時間によって黒や飴色などの風合いに仕上がる。いぶした後に磨き上げることで、落ち着いた光沢が生まれる。
使用される素材
制作工程
- 1
成形
銅板を金づちでたたき、器の形に打ち出す。
- 2
槌目付け
表面をたたいて槌目模様を施す。
- 3
いぶし
稲わらでいぶして色を付ける。
- 4
磨き
表面を磨き上げて仕上げる。
| 主な産地 |
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職人・工房
株式会社光
広島市中区幟町の会社で、2009年に広島県から銅蟲の製造者として指定された。銅蟲の専用サイトを設け、製品や銅蟲の由来を紹介している。同サイトでは2025年6月、在庫が不足している品が多いと案内していたため、注文の際は問い合わせるとよい。
公式サイト →株式会社西井製作所
安芸郡海田町にある1918年(大正7年)創業の機械加工の会社である。海田町の広報誌によると、職人の減少で途絶えかけていた銅蟲の技術を復活させ、商品化した。2023年のG7広島サミットでは、同社のビアカップが各国の先遣隊への贈答品に選ばれた。
購入方法
- 銅蟲 伊久馬 ビアカップ(ひろしまブランド)
- 西井製作所のビアカップは、広島市の「ひろしまブランド」に認定されている。内側に錫を塗り、ビールの泡がきめ細かくなるとされる。広島市の紹介では1個16,500円(税込)で、桐箱と真田紐で包装される。購入先を見る →PR
- ビアカップの取扱店
- 広島市の紹介ページでは、主な取扱店として西井製作所の社内販売ブースが挙げられている。ほかに、ひろしまブランドショップTAU、ひろしまIPPIN、平和公園レストハウスなどでも扱う。在庫は店舗によって異なる。購入先を見る →PR
よくある質問
Q. 「蟲」とはどういう意味ですか?
A. 「蟲」は「虫」の旧字体で、「銅虫」と書かれることもあります。ここでの「虫」は昆虫のことではなく、「仕事の虫」のように一つのことに打ち込む人を指します。銅細工に熱中した職人の呼び名が、そのまま工芸品の名前になりました。