阿波太布(あわたふ)は、徳島県那賀町の木頭(きとう)地区に伝わる、楮(こうぞ)の樹皮の繊維で織る布です。太布は古くから日本各地で織られた丈夫な布で、仕事着や穀物・弁当を入れる袋、畳の縁などに使われてきました。木綿が広まると各地で作られなくなり、昭和に入ると衰退の一途をたどりました。現在、その技術が伝わるのは全国でも木頭地区だけとされます。製造は、楮の刈り取りから樹皮の加工、糸づくり、地機(じばた)での織りまで、手間のかかる工程からなります。2017年(平成29年)3月には「阿波の太布製造技術」として国の重要無形民俗文化財に指定されました。地元の阿波太布製造技法保存伝承会が技術を受け継ぎ、伝承施設「太布庵(たふあん)」で製造の見学や体験を受け入れています。
発祥
太布は、楮や梶(かじ)の木の内皮から取った繊維を糸にして織る布で、古代から使われてきたとされます。江戸時代に木綿が広まるまでは、日常着や仕事着に用いられる布の一つでした。1800年代の初め、本居宣長は随筆『玉勝間(たまかつま)』で、木の皮を織る技術はほとんど絶えたが阿波には残っていると驚きをもって記しています。
歴史
明治30年代までは、太布の衣服を着ることは日常的でした。祖谷(いや)地方でも作られていましたが、手間がかかるうえ粗く見栄えがしないとされ、明治中期以降に廃れました。木頭では明治末から、太布が木綿よりも高く買い取られる換金品となり、生産が続きました。1970年に岡田ヲチヨが県の無形文化財技術保持者となり、1984年には県の無形文化財に指定されています。
特徴
楮の繊維で織った布は硬く丈夫で、長く使える実用の布として重宝されてきました。目の粗い、素朴な風合いが特徴です。糸は、柔らかくした樹皮の繊維を細く裂き、つないで作ります。この「糸を績(う)む」作業には、特に熟練の技が必要とされます。現在は手提げやブローチ、テーブルクロスなどの製品も作られています。
使用される素材
制作工程
- 1
刈り取り
寒さの厳しい冬に、楮の若い枝を切り取る。
- 2
蒸す・皮剥ぎ
楮をコシキ(蒸し桶)で蒸し、樹皮を剥ぐ。
- 3
灰汁で煮る
剥いだ皮を灰汁で煮て柔らかくする。
- 4
表皮を除く
木槌で叩いて、オニカワと呼ばれる表皮を取り除く。
- 5
晒し・乾燥
川で晒し、天日で乾かす。
- 6
糸績み
繊維を細く裂いてつなぎ、糸にする。
- 7
機織り
地機で織り上げる。
| 主な産地 |
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職人・工房
阿波太布製造技法保存伝承会
那賀町木頭地区の住民らでつくる保存団体で、国の重要無形民俗文化財「阿波の太布製造技術」の保護団体である。旧木頭村で発足し、技術の向上と伝承に努めてきた。原料の楮の確保や後継者の不足が課題とされている。
公式サイト →体験施設
生きがい工房「太布庵」
徳島県那賀郡那賀町木頭和無田字イワツシ1
阿波太布製造技法保存伝承会の伝承施設で、毎週火曜日に製造の見学や体験を受け入れています。開館は午前8時30分からで、事前に連絡すれば第2土曜日も開きます。入館は無料で、見学は自由です。問い合わせは電話(0884-68-2386)で受け付けています。
詳細を見る →よくある質問
Q. 太布の技術が那賀町木頭だけに残ったのはなぜですか?
A. 徳島県立博物館の解説によると、明治末に木頭では太布が木綿より高く買い取られるようになり、行商人が阿南市の新野(あらたの)へ運んで売りました。太布は弁当袋や畳の縁に加工され、家で着る布から現金を得る品へと変わったことで、生産が続いたとされます。
Q. 太布はどんなものに使われてきましたか?
A. 仕事着や普段着のほか、穀物や弁当、山仕事の道具を入れる袋、畳の縁などに使われてきました。1900年代の初めに柳田国男が祖谷を訪ねた際には、一年中太布の衣服を着ている人々がいたと記録されています。