秋田八丈は、ハマナスの根皮やカリヤス、レンゲツツジといった植物染料で染め上げた絹糸を用いる、鳶色(とびいろ)を基調とした縞・格子模様の絹織物です。天明4年(1784)頃、石川滝右衛門らによって織物の技術がもたらされたのが始まりとされ、伊豆諸島の「本場黄八丈」に通じる草木染めの技法を土台に、文化年間には上州桐生から職人を招いて改良が重ねられました。明治36〜37年(1903〜1904)頃に生産の最盛期を迎えましたが、その後は徐々に生産者が減少し、最後まで生産を続けていた滑川織物工場(秋田市)が2003年に廃業したことで、一度は途絶えます。2006年、同工場の元従業員だった奈良田登志子氏が設備を譲り受けて北秋田市に工房を設立し、技術を一人で復活させました。2023年には工房を移転して「秋田八丈はまなす工房」と改称、現在も奈良田氏がただ一人の生産者として糸の染めから織りまでを手がけながら、地域おこし協力隊員への技術継承にも取り組んでいます。
発祥
秋田八丈は、天明4年(1784)頃に石川滝右衛門らによって織物の技術が伝わったことに始まるとされ、伊豆諸島・八丈島に伝わる草木染め絹織物「本場黄八丈」の技法に通じるものとされています。その後、文化年間(1804〜1818)には上州桐生(現・群馬県桐生市)から職人・蓼沼甚兵衛が招かれ、染めや織りの技術に改良が加えられました。
歴史
江戸後期から明治にかけて技術が磨かれ、明治36〜37年(1903〜1904)頃には器具の改良もあって生産の最盛期を迎えました。その後は徐々に作り手が減り、昭和期には滑川家がほぼ唯一の生産元となります。2003年、最後まで残っていた滑川織物工場(秋田市)が廃業し、秋田八丈の生産は一度途絶えました。2006年、同工場の元従業員だった奈良田登志子氏が設備を譲り受けて北秋田市に工房を設立し、独学で技術を復活させています。2023年には工房を「秋田八丈はまなす工房」に改称・移転しました。
特徴
秋田八丈は、ハマナスの根皮による鳶色(茶褐色)、カリヤスやレンゲツツジによる黄色、そして黒を基調とした縞や格子の模様が特徴です。すべて秋田県内で採れる植物染料を使い、一色の染色に1週間ほどを要するとされる手間のかかる草木染めが施されます。現在は奈良田登志子氏がただ一人、糸の染めから織りまでのすべての工程を手作業で担っており、秋田県指定無形文化財に指定されています。
使用される素材
制作工程
- 1
糸繰り
生糸を必要な太さ・長さにそろえ、染色の準備を行う。
- 2
草木染め
ハマナスの根皮で鳶色を、カリヤスやレンゲツツジで黄色を、それぞれ1色につき1週間ほどかけて染め上げる。
- 3
機織り
染め上がった糸を、縞や格子の柄になるよう手機で織り上げる。
| 主な産地 |
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職人・工房
秋田八丈はまなす工房
日本で唯一の秋田八丈生産者・奈良田登志子氏の工房。2006年に設立され、2023年に北秋田市綴子地区の現在地へ移転・改称した。糸の染色から織りまでを一人で手がけている。
公式サイト →購入方法
- 秋田八丈はまなす工房オンラインショップ
- はまなす工房が運営する通販サイト。帯や小物などを購入できる(帯は25万円程度〜)。購入先を見る →PR
よくある質問
Q. 秋田八丈は現在も作られていますか?
A. はい。2003年に一時生産が途絶えましたが、2006年に奈良田登志子氏が技術を復活させ、現在は同氏がただ一人の生産者として北秋田市で製作を続けています。
Q. 秋田八丈の名前の由来は?
A. 伊豆諸島・八丈島に伝わる草木染め絹織物「本場黄八丈」に技法が通じることから、この名がついたとされています。